12−11−22  様々な再会
今週は月曜の午後から長野県上田市に行き、火曜日は午後まである案件の打ち合わせを行いました。
上田では気温が低いという予報だったのでコートを持って行きましたが朝以外はそういう事はなく、コートは要りませんでした。
この会社でも案件の工程を実際に見て状況を確認させて頂きました。この会社の工場の現場にも以前は外国人がいたとが今はいないとの事、理由はやはり生産量が大きく落ちたので解雇した、という事でした。

工場が上田市の中でも相当な山奥にあったので理由を聞いたところ、創業は東京の大田区だったのが太平洋戦争で上田に疎開し、終戦になっても東京に帰ることなくここで事業を営んでいるという説明でした。

午後2時半頃には打ち合わせが終わり上田駅までNさんに送ってもらい、東京に向かうために長野新幹線に乗るために改札の方に向かいました。
向こうから私と同じような年配で大きな鞄を持ったサラリーマンが歩いて来るので何の気なしに顔を見ます。

あれ、あれれ、どこかで見たような顔、、、あれ〜、、、高校の時に一番親しかった一人であるY君ではありませんか!

声を掛けるとやはりY君、お互いびっくりしたの何のって、これ以上の偶然はありません。

実は彼とは1年以上前に名古屋から乗った近鉄特急で、偶然に隣の席になってその時もびっくりしたのですが、再びこんなところで会うとは!

彼は三重県上野市に住んで電機メーカーを退職、今は大阪市内の会社に再就職しており、普通であれば会うことはまずありません。

それがこの1年半で2回もばったり会うというのは偶然を超えている何かを感じて、ちょっと気持ち悪くなってしまいました。

ま、それはともかくY君は私と同じように昨夜に上田に来て今日はある機械メーカーを訪れ、今から福井県の方に向かうとの事、乗車まで時間があったので互いに懐かしく話をしました。
しかし彼の驚きも尋常ではなく、「おい、お互いに先が長くないんじゃないか?」、などと不穏な発言をする始末。
今度連絡をするのでどこかで会おう、と挨拶をして15分ほどで別れました。

東京までの新幹線の中、「Y君とこういう再会があるという事は、実はあちこちで多くの知り合いとすれ違っており、ただ互いに気が付いていないだけかも知れない、、、」、などと考えていました。

私はオハイオから日本出張中に秋葉原の総武線ホームで30年以上前の同僚のIW君を見掛けたこともあるし、他にも何人もそういう事があります。
コロンバスからシカゴに旅行した時にアーリントンハイツからダウンタウンまで電車に乗り、その後ミシガン通りのレストランに入ったら隣のテーブルで食事をしていた人が同じ電車で斜め前にいた人だった、、、とかの偶然もあります。

みんなそういう経験は普通にやっているのかな〜。
2日目は東京・目白で一泊。最近は東京に宿泊するときは目白のあるホテルに泊まります。ホテルは駅から歩いて数分、隣がブックオフ、その数件隣が本屋、手軽に飲んだり食べたりできるレストランがホテルから歩いて1分以内に何軒もあり、大いに気に入っています。

この日はしばらく会ってなかった上の娘に連絡をとって目白に来てもらい食事。今は土浦に住んでいるのですが渋谷まで学校に通っています。朝は7時前に自宅を出て帰宅は7時、8時になる事も多いとか。英語もやっているようで、昨年はフィリピンに語学ホームステイで1ヶ月行ったとか。
娘は自分で決めた事を自分で切り開いていくタイプです。結婚して4年になるけど、連れ合いのK君の理解なくしてはできない事です。

娘と入った店はホテルから50m程離れた寿司屋。
娘はにぎり寿司の盛り合わせともう一品、私は刺身とか焼き物とか煮物のつまみを頼んでビールを飲んでその後日本酒を少々。娘も私の刺身とかを盛んに突いていましたっけ。
最後にお好みで寿司を握ってもらって、全部で何と1万2千円!この店、大いに気に入りました。

娘とは2時間ちょっとでしたがいろいろと話ができました。遅くなったのでホテルの部屋をとってやろうかと提案しましたが、泊まる準備もしていないしやはり帰るとの事で目白の駅の改札に消えて行きました。

翌日は本社で打ち合わせ。始めるまでに時間があったので、今年の3月まで政府の外郭団体に出向していたNさんに6〜7年振りに会いました。Nさんは至って元気で出向先では貴重な経験をしたようで、普段ではなかなか聞けない話をしてくれました。

その後T部長、他3名の方が待つ会議室へ。
T部長はオハイオに行く前に同じ職場で一緒に仕事をやった事もある人で既に27、8年のお付き合い、他の3名の方もよく知っている方ばかりです。打ち合わせの中身は今の仕事のような暗い気分にさせるようなものではなく前向きのもの、リラックスした気分で終える事ができました。

夜はT部長、Gさん、Nさん、それに私の4人でちょっと変わったお店で懇親会。その店は普通のマンションをそのまま使われており、客はそのマンションのリビングで食事と液体燃料注入をするという趣向の店。ですから完全予約制で最大2グループしか入れないというお店でした。

私はオハイオに行くことがなかったら、ずっとこの方達と同じ職場で(多分)ひょっとしたら今日会ったIさん、Gさん、Nさんと同じ仕事をしていたかも知れない、、、皆さんと食事をしながらそんな事を考えていました。
翌日は土浦のA社まで。どうしても確認しておきたい業務があり、NYさんを尋ねて行きました。業務の担当はIさんという方だったのですが、通院でどうしてもこの日はダメで実務をやっているNYさんが対応してくれました。

土浦駅には20分遅れの電車で到着。駅に着くと上の娘から、「今日は土浦に泊まっていけるの?」、という電話です。残念ながらこの日は帰らなくてはならず、近々再び来ることを約束して電話を切りました。

A社には約束の時間ギリギリに到着。会社の玄関には数人の方が既に待っていてくれます。タクシーを降りて顔を見ると何とYさん、Oさんのお二人が見えるではありませんか!
このお二人とは10年前にある件で、当時藤沢にあった工場にオハイオから何日間もおじゃまをしてやり合った方達なのです。

2週間前にIさんとの会議の中でYさん、Oさんの話が出て今は土浦にお見えになると聞いていたのですが、わざわざ玄関まで出迎えて頂けるとは、私は恐縮してしまいました。お二人とは会議室でしばし昔話に花を咲かせました。お二人とも元気そうで、それぞれ重要なポジションに就かれておりました。

NYさん他の方との会議で案件は、私の推測とは反対の結果になっている事が確認でき方向修正をお願いしました。
ちょっと残念でした。いろいろヒントをくれたSさんにも結果の説明をしなくてはなりません。
ま、悩んでも仕方ありません。

A社を出て再びタクシーで土浦駅まで。ここまで来て娘のところに泊まることもできず残念ですが、なるべく早いうちにまた来るからね。

土浦から特急で上野駅経由で東京駅。3連休前の夕方、東京駅は子ども連れとかの客でごった返しています。少し早めに土浦を出てきたのは正解でした。
木曜日の午後8時過ぎ、3泊の出張を終えてやっと自宅に帰りました。

今回もいろいろな人に会いましたが、みんな元気でやっていました。オレも頑張るぞ、、、。
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