12−02−14 琉球王国
今年の冬は例年になく寒い冬になっているそうです。オハイオから帰国後2回目の冬を迎えていますが、とにかく寒い。という訳でもないのですが、寒い冬から少しでも逃げるため3泊4日と一瞬ではありますが沖縄に行ってきました。
出発は長野県上田市への出張のから帰った翌日の土曜日。

セントレア空港まではいつものように津からの高速艇で向かいます。高速艇はいつも乗船率が20%くらいでガラガラなのですが、津の高速艇乗り場に行って驚きました。
待合室は人でごった返しています。

港に隣接する駐車場も満車で、港から少し離れたところに路上駐車をしなくてはなりません。こんなに飛行機を利用する人がいるんだ〜、世の中不景気だというのはウソだ〜、、、。
と思いました。

高速艇に乗ると年寄りと小さな子どもを連れた夫婦が多い。そうか〜、40代、50代は働き盛りで旅行どころではないのだな、まあ今の年よりはお金持っているのは理解できるけど、こういう若い夫婦も懐具合は暖かい連中が多いのかな〜、、、。

などと思っていたらこれは違いました。これらの人達の殆どは飛行機に乗るために空港に行くのではなく、空港で開かれているイベントに参加するために行く人だったのです。

4階のスカイタウン横の広いスペースは普段はテーブルと椅子が置かれている以外は何もない空間で非常にゆったりとした雰囲気で私は好きでした。

ところがここにステージが作られているではありませんか。
そしてその横には日本各地の物産店が所狭しと並んでおり人、人、人です。

何の事はない、空港で人集めのイベントをやっており、それに行く人でごった返しているのでした。

ステージではぬいぐるみが踊り、狭いスペースの横を子どもが走り回り、数少ないテーブルと椅子はこれらの家族連れに占領され、レストランは長蛇の列です。

確かにセントレア空港は便数の割にはレストラン街も多いような気がしないでもないのですが、空港のレストラン街とかお土産屋に客を呼び込むためにこんなイベントをやる必要ないだろ!って感じでした。

空港って飛行に乗ったり、飛行機から降りた人が使う施設だろう〜?それを空間スペースがあるからって、ぬいぐるみ人形のショーやって、土産物屋で埋め尽くしてガキの遊び場にしてしまうのはどうかと思うけどな〜、、、。

どこかのレストランでゆっくりと昼食を頂こうと思っていた私達は牛丼の弁当を買って、ステージの裏の椅子に座ってガサガサとかき込んだのでありました。
沖縄までのフライトは2時間で順調に到着です。飛行機を降りてそのままモノレール乗り場に直行、3日間乗り放題のチケットを1400円で買います。
沖縄は私にとって実は35年ぶりなのです。

35年前に沖縄に実はほんの一瞬だけいた事があります。でも思い出したくない出来事というかそのような事があり、沖縄には足を遠ざけていました。
でも35年という年月がそういう思い出を風化させてくれました。

モノレールからみえる那覇の街並みは35年前の記憶にある那覇とは全く違っておりました。
那覇の街はオフィスビル、ホテル、高層マンションなどが立ち並ぶきれいな都市に生まれ変わっておりました。
予約してあったホテルに着き荷物を置いて、早速街に出てみます。

カミさんはDFSに行きたいということで、再びモノレールに乗っておもろまち駅まで。
ここには立派なDFSがあってブランド品のお店がズラリ並んでいます。私はこういう場所は全く興味がないので、ただカミさんの後をついてぼんやり店の中を見ているだけです。

DFSですから外人が目立ちます。盛んに中国語が聞こえますが服装と態度から支那からではなく、台湾からの観光客のようでした。

支那人の行儀の悪さと言ったらケタ違いで、私は1年前に台湾に行ったとき台北101でどやしつけた事もあります。
カミさんは上の娘に何か頼まれたとかで、娘のところまで電話してあれこれ聞いていました。

この日の夕食は”パレットくもじ”という建物の中にあるレストランで済ませてホテルに帰りました。
那覇の気温は21℃、明日・明後日は更に気温が上がるという予報です。那覇の2月の平均気温は16℃くらいで、夜はジャンパーなどがないと寒いということで、厚手のものをかなり持ってきました。

でもこんなのは一切必要が ない感じです。モノレールに乗っているとコート着て、マフラーを巻いている人もいれば元祖での若者のいたりします。
私は上着なしでシャツ1枚で十分です。スーツケースの中には何枚もの冬服(しかも割と厚手の)を持ってきましたが、とうとう最後までこれらを着る事はありませんでした。

2日目は南部を中心としたバスでの1日観光に参加しました。コースは15名くらいの参加者がいて、バスでのんびりと名所を廻ります。

どこかに行った時は、まずそこの1日観光に参加する、これは私達のいつものやり方です。
沖縄1日観光の特徴、値段が安い、です。朝9時出発、夕方4時半まで、昼食付きで5000円でおつりがあります。

沖縄南部の観光と言えば大きくは3つ、ひとつは琉球国の象徴である首里城、2番目は南部戦跡、3つ目は昔はなかった沖縄ワールド・玉泉洞です。

この観光に参加してその説明を聞いていると、やはり沖縄は日本国の一部と言う意識より日本に支配された琉球王国、という意識というか感覚を非常に強く感じます。

この色合いは那覇観光バス(会社)の特徴なのか、他の会社、例えば沖縄バスの沖縄南部観光はどうなのか、よくわかりませんが、聞いていて違和感を覚えました。

「日本は私達沖縄に対して、、、」、「日本の教育を受けた沖縄の人々は、、、」「沖縄は今でも日本とアメリカの間で、、、、」、「沖縄の人々の心は日本に対して、、、」、という図式で過去の歴史、そして今を語ります。
一方、首里城はいかに中国を意識して作られたものであるか、という説明が延々と続く、、、。

そしてやはり話の中心は”日本軍(日本)はいかに沖縄の人々を苦しめたか、これも延々と続きます。

興味深いのはその中でも太田実海軍少々は別格でした。この人は”残虐非道な日本軍”の中では一味違っており、沖縄にとっては恩人であったという事で、非常に好意的な説明となります。
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沖縄県民斯ク戦ヘリ
県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ

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海軍部隊玉砕の寸前に日本に向けて発信された電報は、「天皇陛下万歳」、もなく沖縄県民がどれほど軍に協力をしてくれたか、原文を読むとよくわかります。

今回私は沖縄を訪れるにあたり、沖縄の歴史を少し勉強してみました。
沖縄はかつては琉球王国であり日本、清、それに東南アジア各国と非常に盛んな交易があり、その後の薩摩藩の支配に至り、という歴史を知らずして沖縄は語れないと思いました。
さて沖縄の有名な食べ物は何か?という事になりますと、正式な琉球料理もあるにはあるのですが、あまり食べたいとは思いません。
やはりゴーヤチャンプル、沖縄そば、それに泡盛、この3つでしょう。

という訳で今回は日程も短い旅だったので、沖縄そばと泡盛に集中して賞味をしてきました。

沖縄そば今では東京でも食べることができます。池袋でもおいしい沖縄そばを食べさせるところを私は知っています。

今回訪れた那覇の街、それに糸満の街は、もうどこに言っても沖縄そばの店がいやというほどあります。
”沖縄そば”はそばというより、さっぱりした”肉うどん”という感じで骨付きの豚肉が一切れ二切れ入っていて、このさっぱり味と豚肉のこってり味の組み合わせはもう何ともたまりません。

糸満に行った時に食べた沖縄そばはあまりにも盛りが多く、びっくり。
店の女主人と話をすると、「みんなが来て、このそばを分け合って食べてくれる、盛りが少ないと分けられんから。」、と言っていました。

沖縄そばには切り刻んだ紅ショウガをどっさり入れて食べます。汁が真っ赤になるほど入れている人もいます。
私は4日目に沖縄を去る日、食い納めという事でホテルで小食をしっかり食べたものの、その直後に空港のレストランで最後の一杯を頂きました。

更にこれだけでは満足できず、空港の土産屋でインスタントの沖縄そばキットを買って持ち帰りました。
最近にほんあちこちで見掛けるラーメン(中華そば)は、以前に比べて麺もつゆもしつこいものが多く、好きではありません。

沖縄そばは素朴です、煮込んだ豚肉を少しずつ食べながらサラサラとのどを通ります。最高です。
これなら毎日食べても飽きません。

泡盛は2日目、3日目としっかり頂きました。量を飲めそれなりにしっかりと酔っ払います。というか、半端じゃなく酔っ払います。
いろいろな種類があってアルコール度数も25度、40度、60度なんて爆弾みたいなものまであります。

2日目の居酒屋ではかなり大きなグラスでロックで7〜8杯くらい飲んだと思います。ホテルへはどういやって帰ったのか、カミさんに連れられてフラフラと帰ったのだと思います。
沖縄三味線をバックグランドミュージックにして泡盛を飲む。沖縄は沖縄そばと泡盛、大いに気に入りました。
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