10−04−13 日本に帰る人達 |
先週の金曜日、ある取引先のNさんという方が5年のアメリカ勤務を終えて日本に帰るというので挨拶にみえました。 |
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私の会社の大先輩のTさんが、定年後の勤めで来たオハイオから帰る、という連絡を受けたのが3週間ほど前。そのTさんと今週の水曜日に送別の食事会を行いました。 Tさんは60才で定年になり、その後いろいろな仕事をやって2年前の67才で、ある部品会社に再就職されオハイオの工場に来ていたのでした。 任期は当初3年だったそうですが、いろいろな理由により1年の任期を残して日本に帰るとの事で、この2年間の出来事などを伺う事ができました。 Tさんは69才とは思えないお元気な姿なのですが、やはり朝は7時前に会社に行き、夜は7時頃まで会社にいるという生活は体力的に楽ではなかったようでした。 住まいは私と同じくコロンバスで、奥様も一緒に来てみえたので毎日の生活面ではあまり苦労はなかったそうですが、いろいろと限界を感じたとも言ってみえました。 日系企業がオハイオで数百人規模の会社(工場)を運営していく難しさ、やはり詰まるところは文化摩擦に行き着くような事も仰ってみえました。 それにしても67才でオハイオに赴任、そして2年間勤めたというのはスゴイ事だと改めて思いました。 自分がTさんと同じような年令になった時に、Tさんと同じように意欲を持って海外勤務ができるだろうか、そもそも働くという意欲が残っているだろうか、Tさんとお話をしてそんな事を考えておりました。 Tさんは今月末にLA経由で日本に帰り、しばらくはのんびりするそうです。"しばらくは"という事はまだ何かをやる、という事なのでしょうか。 この元気は一体どこから来るのでしょうか。。 |
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4月8日に手術後6週間の検査を受けました。 「回復は良好。問題ないですよ。」、ドクター・マイリーはそう言ってくれました。骨の移植部分の回復も順調だと言いました。 そして次の検査は何と半年後と聞いてびっくり。 という事はそんなに頻繁に検査が必要ないレベルで回復しているのだと理解しました。車の運転、階段の昇り降り、その他日常生活は腰を深く曲げたり、重い物を持つ以外は殆ど正常にできるようになっていますので、実感もできております。 そして診察の最後にドクターは、「あなたの会社にはセラピスト(療法士)がいると思うので、相談をしてリハビリを始めて下さい。」、と言って処方箋を書いて私にくれました。 今週の火曜日にセラピストと会い、リハビリのやり方の指導と計画を作ってきました。 会社にはフィットネスセンターの中にリハビリセンターがあり、そこにはセラピストとかその助手が何名もいて、希望する社員に予防治療を行っているのです。 受付で予約で来た旨を言うと間もなくセラという名前のセラピストが現れ、別の部屋に連れて行かれました。セラは30才くらいのなかなかのべっぴんさんで、先ずリハビリ全体のスケジュールの説明をして、その後私をベッドの上に乗せ、足を伸ばしたり曲げたりして、体がどういう状態になっているのか詳しく調べました。 その後全部で6種類の体操の方法を詳しく指導してくれました。「先ずこれらの体操を1日に2回やって下さい。そして1週間ごとにチェックをしてやり方を変えていきたいと思います。」、と言いました。 さあ、今日から待ちに待ったリハビリの開始です。 |
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