08−01−12 仕事が始まりました
アメリカは1月は1日のみが休みで2日から出勤です。1日の夜から雪が降り出したため2日の朝は5時少しに起床し、6時15分に家を出ました。既に10cmくらいの積雪はあったものの、道路は雪かきがされて岩塩も撒かれているため、普通どおりのスピードで会社に着くことができました。

この日の気温は−5℃くらい、4日には−8℃くらいになりましたが1月の温度としては平均的です。(平年の最高/最低=2℃/−6℃)
ところが今週になって気温がグングン上がり7日には何と最高/最低=20℃/13℃になってしまいました。

これは観測史上(過去100年以上)の最高温度である18℃(1968年)を超える温度であり、記録を作ってしまいました。20℃というと4月末~5月の気温で、太陽が出ていたらひょとしたら「暑い」って感じたかも知れません。
いかに異常な気温であるかわかるというものです。ちなみに最低気温の記録は1886年の−23℃です。やはり何か変になりつつあるのを感じます。

今週は日本から何人もの方が見えて、中期計画についてオハイオ人も入れて討議をやってきました。日本からの説明の一つに、「いろんなやり方を日本を基準にしてやっていく。」、というものがありました。
モノ造りの技術に関して日本が進んでいる事については議論の余地はないのですが、どうやって日本のやりかたをオハイオ人が理解して実行するか、という点がキーポイントなると感じました。
実はこの事に関して、1ヶ月ちょっと前にオハイオ人のキーパーソンにざっくばらんに聞いてみた事があります。

彼らの意見は先ず、「日本サイドの言うことは一部を除き、我々も全くそのとおりだと思う。」、という言い方でした。そして次に、「でもそれを実行するのは非常に難しい。」という言葉が続きました。
彼らが言う言い方の中で我々日本人が注目すべきは、「SHIN、ここは日本ではないのです。アメリカです。」、という部分だと思いました。
これが何を意味するか、どう解釈するかはオハイオにいる日本人もそれぞれの立場、オハイオ人とどんな係わり方でどれくらいの期間、何の仕事をしてきたかで全く異なります。

TQMを考え出したのはアメリカですが、アメリカではこれが根付かず、ある程度成功したのは実は日本だった、、、これを分析すると答えが出てきそうな気がするのですが。
これ以上は本HPの趣旨に反しますのでこの辺で止めます。ま、2日間いろいろと私なりに参考になりました。

木曜日の夜は日本からの出張者の方々とある中華レストランで会食をしました。オハイオ人も招待したのですが来たのはたった3人。そしてその3人は全員私の回りに座ると言うレイアウト。
せっかくの会食なのに日本からの連中はどうしてオハイオ人達を囲まないのか、これでは呼んだ意味がないのでは?でも難しい事は抜きにして、「ま、いいかー」、で済ませて席に着きました。

私はWさんというオハイオ人と久し振りに一緒になったので、いろいろと意見交換をする事ができました。この中華レストランは私にとっては初めての場所で、味はまあまあ。
でも誰かが頼んだ "Beef Teriyaki" なる串焼き、かなり妙な味がしたナー。

オハイオ人のBさんが、「こりゃ何の肉だい?」、と言ったらWさんがすかさず、「ニャ〜オ〜(彼らはミャーオ、と言います)」、Dさんは「ワンワン(バウワウ)」、と言ったので大笑いでした。
なにはともあれ、皆さんご苦労様でした。

年末の12月は日本に行っておりフィットネス通いはなし、その前の11月は何だか仕事がバタバタしており、行ったのは数日だけ。今年はフィットネス通いの優先順位をもっと上げる、というのが新年の決意なのでこれを実行。

そんな訳で土曜日の今日も行ってきました。駐車場には結構な車がありましたが大半の人はプールで泳ぐのが目的で、各種トレーニングマシンのあるフロアーには10名くらいしかおりませんでした。

5〜6km走って出て来る、サラッとした汗は何とも言えない快感ですね。
何とか週3回、できれば4回のペースを維持したいと思っているのですが、さて、、、、。

気に入っているジョーク(その6)
フランスはパリのとあるブランド店の売り上げ一覧は次のとおり。
・日本への輸出:45%
・日本人団体旅行者による購入:55%

気に入っているジョーク(その7)
新製品が世の中に出るまでには全部で4つの段階があります。
1.まずアメリカの企業が新製品の開発をします。
2.次にロシア人が「自分達は同じものを既に30年前に考え出していた。」と主張します。
3.そして日本人がアメリカ製以上の品質のものを造り、輸出を始めます。
4.最後に中国人が日本製のものに似せた偽物を造ります。

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