05−09−12 コロンバスから北京へ

2週間ほど前に北京に行く事が決まり、コロンバスを出発。北京までのルートはコロンバス→シカゴ→成田→北京というものです。アメリカ人スタッフ2名も同行しますが、彼らとは別フライトです。

今までオハイオから日本以外のアジアは、何年か前にタイに1回行ったきりで、これで2回目です。
この時は成田まで行って日本で1泊、翌日にバンコックまで行くという方法でしたが、今回はイッキに北京までです。
家を出たのが朝の6時。

シカゴから成田のフライトでは前の席にアメリカ人が2名、通路を挟んだ席にアメリカ人が1名、後ろの席にアメリカ人が1名と、アメリカ人だらけだったので、スチュワーデスに席を変えてもらうようにお願いをしました。
ところが隣が空席で、かつ窓側の席は今の席しかありませんという返事。仕方なく、そのまま座る事にしました。

ナゼアメリカ人がいるとイヤなのか、それはもしアメリカ人同士で仲間がいたときなどは、席をウロウロして大きな声で直ぐにミーティングを始めるからです。みんなが寝ているにもかかわらず、30分も1時間も2人で、ああでもない、こうでもないと延々と大きな声で話をする輩もいます。この間、何度もスチュワーデスを呼んで、飲み物をとかを持ってこさせます。

それとみんなが食事をするときは寝ていて、みんなが寝ているときに食事をするのヤツもいます。
また、「オレは早く寝たいから、すぐに食事を持ってきて欲しい。」、と離陸をすると直ぐに食事を持ってこさせるヤツもいます。

スチュワーデスは、そいつのために急いで食事の準備をしなくてはなりません。
とかとかで、周りにアメリカ人がいると、何かとウザイのです。

じゃ、アメリカ人だらけのアメリカ系のエアラインはさぞムチャクチャだろうというと、そんな事はないのです。
ナゼかと言いますとアメリカ系のエアーラインのスチュワーデスは、そもそもそのような要求にはあまり機敏に応えないのです。

アメリカ系のエアーラインでスチュワーデスを2−3回呼んだら、「私を何回も呼ばないで欲しい!私は忙しいのだから!」、と叱られた日本人もいます。呼んでも3分、5分待たせるのは当たり前です。

今回は私の周囲ではわがままヤリ放題のアメリカ人はおりませんでしたが、やはり右後ろの方で空いた席を利用して、おっさんのアメリカ人3人がでっかい声で長時間ミーティングをやっておりました。

成田に着くと、いつもは入国審査を受けて空港からバスに乗って東京に向かいますが、今日は更に北京までのフライトに乗らなくてはなりません。トボトボと疲れた身体を引きずって通路を歩き、ラウンジに向かいます。ラウンジに入ってびっくり。午後3時のラウンジはガラガラです。

やはり日本出発便は昼前後の時間帯が多いのでしょうか、夕方のフライトというのはグンと少ないのがわかります。
でもアナウンスを聞いているとニューヨークとかLA行きとかの北米方面もあるようです。

とにかく結構疲れているので、一寝入りしたいのですが横になれる場所はありません。
仕方がないので飲み物を横において新聞を拡げたり、雑誌のページをパラパラめくってみますが、文字を読む元気が出ません。

シカゴから成田までの13時間のフライトで寝たのは3−4時間だけです。眠いのに眠れない、非常につらい状態です。

ラウンジの受付のオネエさんに、北京行きのフライトが遅れていない事を確認して、ラウンジを出たのが日本時間の17時15分頃。
同時にファーストのラウンジから一人のオバさんが案内人と一緒に出てきました。

アレ?どこかで見たことがあるオバさんだなー、と思ってはみたもののはっきりと名前は思い出せません。NYがどうのこうのと言っていましたので、NY便に乗るのでしょう。

確かテレビか雑誌で見た事のある顔です。疲れているので、思い出すのもめんどくさい。そのオバさん、さっさ、さっさと私の2倍くらいの歩き方であっという間に、先の方に行ってしまいました。
私はダラダラと足を引きずって、ゲートまで。もう殆どの人は乗り込んでいて、私が一番最後でした。

飛行機はほぼ満席。北京行きのJALのフライトは確か1日2便、これ以外にANAとかいろんな会社のフライトが一杯あるので、満席を予想しておりませんでした。隣は日本人、通路を挟んだ右側は中国人のようです。

液体燃料を一杯飲んで、食事を済ませるともの凄い睡魔が襲ってきて、そのまま爆睡。目が覚めると着陸30分前になっていました。
あっ、そうだ入国カードと税関申告カードを書くのを忘れていました。慌ててこれを書き始めましたが、ホテルの住所とかをメモっておくのを忘れています。エーイ、面倒だから会社の住所を書いておこう、というわけで適当に書いて仕上げました。何か言われたら言い訳すればいいや、、、、、。

北京には夜の8時半頃に無事到着。入国審査も、税関審査も全く問題なし。貨物室預かりの荷物も無事受け取る事ができました。
ところが到着ロビーに出る扉の手前3mくらいのところ、4−5人の役人がいて荷物を取り上げられ、X線の検査機に入れられた時はひやっとしました。

別に禁制の物は何も持っていませんが、ここは共産国、何が起きるか想像できませんから。
到着ロビーに出るとズラーッと名前を持った看板を持った人とかが恐らく100人近く、到着する人を待っています。

私もその列の前をゆっくりと歩いて、私の名前を探します。
あった、あった!!ホテルの制服らしい服を着た若いボーイが私の名前を書いた大きなカードを持って、立っていました。

案内されるままにリムジンに乗せられてホテルまで。車はピカピカのT社製です。空港からホテルまでの道路は空いており、約20分で到着でした。

ホテルの部屋に入ったのが北京時間の22時。つまり家を出てから28時間が経過しています。やっぱり、北京は遠いナー。これは1回の連続した旅では私の最長記録だと思います。
荷物を置いて1階のバーに行って、ウイスキーの水割りを3杯(!)飲んで再び部屋に入って、シャワーも浴びずにベッド倒れ込んでしまいました。

さあ、明日から足かけ5日の北京です。

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