04−11−22 私が育った家
昨日は父の一周忌を済ませ、今日は普段はできない用事を済ませるため、古い家に行くことにしました。
今、母親が住んでいる家は私が育った家ではなく、17−8年前に新しく建てた家です。私が育った家は今の家から車で30分ほどのところにまだ残っており、今は誰も住んでいません。

空き家になっているこの家、誰も住まなくなって20年近くになりますが、私は故郷に帰る度にナゼか訪れたくなるのです。
お隣からは父の一周忌にお心遣いも頂いたのでそのお礼もしなくてはならないのでカミさんと妹の3人で行ってみました。

ここに来ると35年前、イエ40年前の私が中学生の時と何も変わっていないのに気が付きます。
槙の生け垣の感じ、その向こうに見える家の屋根、本当に殆ど変わっていません。

幼稚園から高校生まで、この道を歩いて通いました。
この家は海岸まで500m、夏休みは朝から晩まで海で泳いで過ごしました。

住んでいる人も殆ど変わってないと聞いています。
ただみんな年をとってしまっただけです。でもあと10年もすれば大きく変わってしまうでしょう。

私の親の世代が召される年代に差し掛かっているからです。ちょうど私の父のように。
裏木戸から庭の方に回ってびっくり。
庭木が全部刈られています。形のよかった40年以上は経っていたと思われる松の木もありませんでした。母が庭の奥にあった雑木の伐採を業者に頼んだら、庭木も全部切ってしまったとの事でした。

わずかに枯山水にしてあったところの石だけがあちこちに転がっているだけで、見る影もありません。
私は呆然としてしまいました。

17年前に私が本社に転勤になったとき、上の娘は小学校の3年生、下の娘は小学校の1年生になったばかりでした。
それまでは何か機会があると、この家に父と母を訪ねては泊まったりしていました。

ですから娘達もよく覚えているはずです。
でも、何と表現していいのでしょうか。この荒れ方は。私は家の中に入って見ることにしました。

1年前までは水道も、電気も、それに電話も引いてありましたが、誰も住まないと言うことで、母がそれらを全部切ってしまいましたが、今でも手入れをすれば十分に住める感じです。

台所に入ってみると、旧式のキッチンですが、磨けば何とか使える感じです。鍋とか、まな板、それに布巾まで掛けてあるので、ほんの最近まで使っていたという感じです。
事実、父の具合が極端に悪くなる2年半前までは、父と母は時々ここに来て寝泊まりをしていたそうですから、無理もありません。

お隣のNさんの家に行き、久し振りにご挨拶をしました。誰も住まなくなった家をそのままにして、用心が悪いと心配されている様子でした。

そのNさんも既に旦那さんがなくなり、奥さんと娘の2人住まいです。
娘さんは私とほぼ同年代ですが、結婚することなく、会社勤めをやりながら、お母さんと2人で生活されているのでした。
やがてこの2人も、どこかに行かれてしまうでしょう。

自分が育った家、荒れ果ててはいますが家の隅々まで自分の思い出があります。
目をつむると、自分の子供の時の事が走馬燈のように目に浮かぶ、そんな感じです。

でも現実は、父がなくなり母もうんと年老いています。この家をどうするか。
今の母は新しい自分の家に住んでいるので、この家は必要はありません。私も日本に帰っても、将来ここに住むことはなさそうです。

残念ながら、家を取り壊して更地にするか、それとも不動産屋丸投げで、処分をするしかなさそうです。
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