日本を知るための11冊 : お暇な方のみどうぞ
オハイオに来て14年目、やはり外国に住むと自分の国というものがいろいろな意味で気になります。
それは日常の様々な生活の中、子どもの学校生活の中、会社での仕事の中、それに経済、外交、政治とかのちょっと難しい事とか、全ての分野に渡ります。

ところが、です。
オハイオ(アメリカ)の事はよく知らないのは当然なのですが、実は自分は日本の事もよく知らない事に気が付く場合が多いようです。(少なくとも私の場合はそうでした。)

そこで何をするかと言いますと、慌てて日本の事を知ろうとします。先ず、大体が日本の近代史を殆ど知らない事に気が付きます。これを知っておかないと国と国の関係の基本的な部分の理解が全くできなくなってしまいます。
でも今からこれらの知識をある程度体系的に頭に入れておくという作業は、結構しんどい世界になります。

もう一つ外国生活をしていると常に気になるのは”日本人って何?”という事です。
日本人は赤ん坊の時に尻が青く、これは蒙古斑と呼ばれ、これができるのは東アジアの一部の人種とアメリカインディアンなどで、モンゴロイドの、、、とかいう話になってしまいがちですが、どうもこれは私の場合、興味が沸きません。

ちなみに蒙古斑は、アメリカのアホな医者が日本人幼児の尻を見て、「この子は親から虐待されている可能性がある。」、という事で警察に通報され、その日本人の親がエライ目に遭った、というウソのような本当の話があります。

オハイオを知る、このためには先ず日本という国とそこに住む人(日本人)を知る、これは鉄則中の鉄則であります。
日本と日本人を知るにはいろいろな切り口がありますが、”食”というのも一つの切り口かと思います。
”食は人を作り、人が国を作る”という基本に返って私は日本人の”食”についてちょっとだけ興味を持って何冊かの本を読んでみました。

食は日常の中の最も身近なものであり、読むのもそれ自体興味がわくので飽きません。その中から11冊を選んで紹介をします。

食というと、最近の風潮としてすぐに”グルメ”になってしまいますが、そうではなく”食は人をつくる、それはどういう事か?”というテーマに絞った本をご紹介します。
でもこれだけだと堅苦しいので、テーマをメチャクチャに逸脱しない範囲で選んでみました。

は、読みやすさ、わかりやすさ、面白さ、それに日本人の”食”についての考察の深さなどを私の主観から表してみました。
1.江戸のファーストフード : 大久保洋子(講談社選書メチエ) ★★★★

筆者は食文化論の大学の先生ですが、非常に読みやすい。すし、天ぷら、そばは江戸時代に庶民のファーストフードとして生まれたのは誰もが知っている事ですが、この本は題名とは関係なく、町人・武士・将軍の食卓、外国料理が与えた影響、など読んでいると江戸時代前半からの生活が見事に見えてきます。

いろいろな記録をこまめに調べてあるので、下級武士が1週間何をどう食べたとか、長屋の家族が何を食べていたとか非常に詳しく書かれています。
これを見ていると、私の母親が作った料理とそんなに大きくは変わらないものを食べていたのがわかります。でも食べるお米の量は桁違いです。1人、1日5合食べたそうです。
”この4合野郎!”というのは一人前じゃない事を言うときに使われた言葉だそうです。

但し、みんなが米を食べていたかというと、これの生産者である農民は米を食べるのは1年の中で、非常に限られた時だけだった、というのも忘れてはなりません。
それと冷蔵庫のなかった時代に、庶民がどうやって新鮮な食品を手に入れて食べていたか、これも非常に興味深く書かれています。

是非お勧めの1冊です。

2.ここまで壊れた日本の食卓 : 塩澤雄二(マイクロマガジン) ★★★

食の欧米化が何をもたらしてきたか、これを読むとちょっと怖くなってしまいます。動物性タンパク質の摂り過ぎが何をもたらしているか、日本の昔からの食文化がいかに優れたものか、これを読むとよくわかります。アメリカに住んでいるとよくわかりますが、”食の工業化”がいかに危険な事か、これにも警鐘を鳴らしています。

筆者はフリーランスのライターですが、この本は6人の専門家(医者、栄養学者、民俗学者など)によって監修されており、内容も非常に充実しています。

では私達はどうすればいいのか、これが非常に具体的に書書かれているので内容が分かり易くなっています。結論は伝統的な日本食への復帰、になっています。
第5章の”今日から始める7つの方法”、は誰にもすぐできる事です。私も心がけています。

3.たべものと日本人 : 河野友美(講談社現代新書) ★★★

かなり古い本ですが私が食に興味を持つきっかけを作ってくれた本の1冊でもあります。ずばり食文化(料理文化、味覚構造など)から日本人の性格・国民性の解明をしようとした著書です。

食べ物が性格を作る、日本人の味覚の特徴、文化の基礎には魚がある、風土と包丁文化、日本はハードヨーロッパはソフト、、、、時代によって好みも変わる、おふくろの味とは、、、いずれも非常に興味深い内容です。

ある一定のものを食べていると、凶暴になったり、我慢強さが欠落したり、という症状に表れるという研究結果がありましあたが、今まで(今も含めるかどうかは議論が分かれるところ)日本人が食べてきたものを具体的に知るには絶好の1冊です。
この本の最後の3ページの内容はちょっと衝撃的です。

著者は学校の先生で、食品研究家です。
4.江戸の食卓 : 歴史の謎を探る会編(河出書房新社) ★★

電子レンジも冷蔵庫もない時代に、一体何を食べていたのか、会食とかをして話題に困った時に使えそうなネタが満載です。あまり小難しい内容ではなく、寝ころんで読めます。大福餅の元祖は?将軍様は何を食べていたの?とか。

昔ある先生が講義中に私達に言いました、「あまり親しくなってない人と話のネタに困ったら食い物の話をしろ。お天気の話もいいが、直ぐに話が行き詰まる。その点、食い物の話は尽きない。」

私のかつての先生の指導を実行するために、この本は格好の材料を提供してくれる本です。
「江戸の庶民は死を覚悟でフグを食べていた。」、「1日3食の習慣はいつからか」、「職人の家族は何を食べていたか」、「焼き芋がブームで、江戸は肥満児が増えた。」、とか他愛のない内容のように見えますが、その先にある事を考察するのも楽しい、、、。

5.食と日本人の知恵 : 小泉武夫(岩波現代文庫) ★★★★★

著者は発酵学、醸造学の専門家で、最近かなり有名な人らしい。書かれている内容は学者らしく、非常に理路整然としており、読み応えもあります。
第1章:食べて体をつくる知恵は日本人が生活習慣の中に取り入れてきた”食”がいかに理にかなったものであるかを学者の立場から見事に記しています。

特に日本の加工食品と、微生物を利用した食品の部分は、著者の専門分野であり説得力のある文章で、一気に読み終えてしまいました。

「スーパー・コンビニがあふれ、ファーストフードが台頭し、日本民族の多くは、それまでの伝統ある日本の食文化をかなぐり捨て、、、その結果多くの家族から日本型の食文化は消え、民族の形も崩れていった。」

著者の後書きです。この本は絶対にお勧め、間違いなく5つ星です。

6.海軍食グルメ物語 : 高森直史(光人社) ★★★

海軍が日本の近代史に与えた影響ははかり知れませんが、食においても”肉じゃが”は海軍の考案だったとあります。イギリス海軍のクリームシチューのクリームとシチューの代わりに醤油と砂糖を使って作ったのが始まりとあります。

このように旧海軍はイギリスを模範にいろいろと発展してきたのですが、艦上での食事もイギリスのものを日本人の口に合うようにいろいろと工夫をした事が書かれています。
サラド(サラダ)には日持ちのしないレタスの代わりにゼンマイとかワラビを入れたり、とか洋上を長く航海するする軍艦の中の食事は、国家プロジェクトとして研究がされたようです。

日本食というのは素材の新鮮さを非常に重視する料理ですが、洋上ではこの新鮮さを保つことに限界があります。
素材の新鮮さを要求しない日本料理、、その究極のものが海軍のレシピだったのかも知れません。
潜水艦の航海食のパートは必読です。
7.世界のミリメシを実食する : 菊月俊之(ワールドフォトプレス) ★★

ミリメシとは兵士の戦場での給食です。極限状態で生きる兵士が戦場で食べる食事で、これこそ世界中の国がその国の持てる総合力を発揮して作られた究極の食事です。そしてその国の特徴が最も現れる究極の”食”です。
この本は各国のそれら(戦闘食)を紹介しています。ドイツもアメリカも戦闘食ですがちゃんとデザートまでついています。昔のアメリカの戦闘食には1食ごとちゃんとタバコ2本までついています。

日本も昔の陸軍と、今の自衛隊の野戦食が紹介されており、結構豪華で驚かされます。韓国陸軍では戦闘食にも、ちゃんとキムチが付いていたり、イタリア軍にはスパゲッティーが付いていたりする点、納得です。
いずれも写真を見る限り、非常においしそうで、陸上自衛隊の戦闘糧食U型なんか、けっこうなご馳走です。

我が社の昼食のカフェテリアのメニュー、これらに照らし合わせますと、敗残兵しか口にしないような食い物が並んでいる事になります。

8.定食バンザイ : 今柊二(ちくま文庫) ★★

定食というのは英語で言うと”セットメニュー”になるのでしょうが、日本語で言う、定食というのはちょっとニュアンスが違います。
筆者は定食の定義を ”おかず+ライス+汁、値段は概ね700円以下” という設定をしており、実に日本的です。

私も日本に行った時に”定食”を食べる事がありますが、筆者はチェーン店の定食は本当の定食ではないと言います。つまりチェーン店ではない定食屋で、客がカウンターに群れていて、玄関が半開きで、、、とその豊富な経験からうまい定食屋の探し方まで教授しています。定食こそ世界に誇れる日本文化であります。

筆者はまた”おかず力”なる奇妙な言葉を用い、その定食の”おかず”がいかに飯をガサガサ口にかき込む力があるか、これを鋭く観察しています。私は実に敬服するのであります。

9.日本陸軍兵営の食事 : 藤田昌雄(光人社) ★★

一体昔の兵隊さんは何を食っていたのだろう、親父が生きていた時に時々聞いたことがありましたが、かなりひどく、腹が空いて困った、という話しかしませんでした。昭和18年とかの物資が緊迫していた時ですから止むを得ないと思いますが、この時(昭和18年)でも給与定数は主食は精米600g、精麦186gとなっていますから丁度6合です。

この本は大正〜昭和初期の時代について書いてあります。また昭和15年の元旦の皿盛(鯛の尾頭付き、そのたおせち料理)の写真もあります。

意外だったのは昭和10年くらいまでは普通の兵隊さんも週に1回はパン食を摂っており、どうやって兵営でパンを焼いたか、これも詳しく紹介されています。言えるのは、当時の陸軍の給養システムは非常にシステマティック、かつ近代的だったのがこの本を読むとわかります。中身は具体的なデーターも豊富で、資料としての価値もありそうです。
10.武士の家計簿 : 磯田道史(新潮新書) ★★★★

この本は「金沢藩士猪山家文書」、という武家文書にあった精巧な家計簿を中心に当時の中級武士がどのような生活をしていたか、生活とは上司、親戚、近所としきたりを守りながらつき合ってきたか、という点につきると思うのですが、それがくわしく書かれています。

このような当時の武士の具体的な暮らしというのはあまりわかっていなくて、筆者はこの家計簿をひもといて研究をし、どんな生活をしていたか明らかにしています。
いかいつつましく、しきたりは全て粗相のないように従い、そのような話の中に何を食べたのか、その話も出てきます。

そして”交際”と呼ばれるものがいかにすざましかったか、これもよくわかります。鯛の尾頭付きが準備できなくて、親戚がそれを持ち込んだり、果ては猪山家では脇差しを質に出してその費用を工面したり、と江戸末期の武士がいかに粗食に耐えながらも、しきたりを守っていたか、というのがひしひしと伝わってくる本です。
食生活は驚くほど動物性タンパク質の摂取が少ないのにも驚かされます。

11. 東京・居酒屋の四季 : 飯田安国(新潮社) ★★

現在日本人(サラリーマン)は、アフターファイブは一体どういうところにドクロを巻いて上司の悪口を言いながら明日の戦略を練っているか、という小難しい事はともかく人気の居酒屋紹介、つまりグルメ本の一種です。
全部店の中の写真と、その店の代表的な料理がなかなかの腕の写真で撮られています。

カウンター席で、またはその横のテーブル席でこういう料理をつまみなかがら先輩は後輩を教育する、そして先輩は必ず後輩よりも多く支払う、もしくは後輩には払わせない。こうやって私も育てられてきました。

オハイオにも日本食レストランはあります。料理も似たようなものを出します。でもレストランと居酒屋は全く別物です。これの違いがわかる連中がどんどん減っており、情けない限りです。
日本人が公式に始めてアメリカ人をもてなしたのは黒船で有名なペリー一行に対するものだそうです。
その内容は公式な饗宴ですから記録にきちんと残っており、海の幸・山の幸をふんだんに使った手の込んだ料理が並び、しきたりどおりの煮物・吸い物もきちんと出されたそうです。

準備は膳をを500人分で2000両(1億2000万円相当)をかけた料理だったそうですが、ペリーは味はまずく、中身は貧弱、と記録しています。他の連中も味はまあまあだが、それほど費用をかけた料理ではない、と記録しています。

伊勢エビとザリガニの区別もつかない連中に最高の日本料理の見栄えとか味がわかるとは思えませんが、日本料理の味付けの淡泊さ、個々の料理の量の少なさは彼らは戸惑ったに違いないと思います。

日本料理と言っても時代によってかなり違うし、一口には言えないのですが素材重視、薄口、盛りつけ重視、の3つにあるとされています。
ここに紹介した11冊は日本料理文化を知るために、割と分かり易い本ではないかと思っています。暇な方は読んでみて下さい。
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