12−08−18 真夏の名古屋港
世の中は不景気・企業は我を競って海外脱出、国中には失業者(就業拒否者、と言うべきか)が溢れ、政治は中学校の生徒会化、公立学校の教育は崩壊、街を歩けば不良老人が徘徊している、という日本は坂道を転げ落ちるがごとく南米国化しつつあります。
が、世の中にはまだまだお金持ちが一杯います。
その証拠の一つとして、大型客船によるクルーズの申し込みは押すな押すなの盛況状態である事が挙げられます。

そういう世界とは縁のない私達ですが、大型客船によるクルーズとはどういうものなのか、その匂いだけでも嗅ぎたくて昨年の暮に名古屋港に入港した日本郵船の”飛鳥U”を見学に行ってきました。
さすが、スゴイ、と思いました。
が、カミさんは「船は思ったより小さくて、狭い。」、と感じたようです。

船に関しては普通の人の10倍くらい詳しい私は、「あのな〜、お前、、、。」、とザ・フォーク・クルセダーズの”帰ってきた酔っぱらい”に出てくるエンマ様みたいな言い方で、飛鳥Uの大きさ、そもそも客船とはどういうものなのかを説明をしましたが、カミさんは理解できないみたいでした。

そんな中6月のある日、今度は商船三井の”ふじ丸”が名古屋に入港するという情報を入手しました。”ふじ丸”は2万3千トンで”飛鳥U”の半分です。
そこで私が説明した”船について”、及び”客船とは何かについて、それをカミさんに実感させるために再度名古屋港に足を運んだのであります。
名古屋港

名古屋港まではゆっくりと近鉄・JR・地下鉄で行きました。
”ふじ丸”が横付けされているのはガーデン埠頭で、名古屋港の一番奥にあります。
付近には水族館などもあり、子どもの姿もたくさん見えました。

しかし暑い!! 地下鉄の駅を降りて見学会の受付をやっているポートビルまで6〜7分、付いたときは滝のような汗でした。
ふじ丸

ふじ丸は2万3千トンの客船で、全長は167m、全幅は24mです。
大きさの割にトン数が大きいのは客船だからで、これは総トン数で表しているからです。

これを軍艦が用いる排水トン数で言うと多分1万トン以下になると思います。

船の大きさを表すにはいろいろな表し方があり、ナルホドの世界です。
エントランス

受付を済ませてタラップから船内に入ります。エントランスの受付でパンフレットなどをもらって船内見学開始です。

客船というのはその名のごとく”ホテルを丸ごと乗せた船”ですから、ここはロビーに相当する場所です。

手摺りは真鍮です。船には真鍮が多用されていますが、これは腐蝕に強いからです。アルミ、ステンレスの方が腐蝕に強い?
そんなものは300年前にはありません。船は真鍮なのです。
メインホール

アッパーデッキの船首側にある、船内で最大の部屋です。座席数を数えてみましたら2F席を合わせて350席強でした。

この船は乗客定員600名とありますが、121室あるステートルームを定員4人で計算していますので、これを2名で計算すると約350人。
するとこのホールに全員が入れる訳だ、、、。

こういう計算を頭の中でチャカチャカやるのがナゼか私のクセです。
サロン

Aデッキ(3階)にあり、航海中はここで談話をしたり、本を読んだりするのでしょうか。
奧にバーもあるので、ここで液体燃料を注文してチビチビやれば最高だな、、、。
こういうところではウイスキーはハイボールとかいう品のない飲み方ではなく、やっぱりオンザロック。ダブルかな〜、、、。

と全ての物事を液体燃料に結びつけるのもナゼか私のクセです。
カジノ

見学者にはコイン10枚をくれたので、ルーレットをやってみました。
5分くらいで100枚に増やしました。40枚で”FUJI MARU”と書かれたボールペン1本と交換してくれました。

このオバサン、ODDとEVENに5枚ずつ張っていました。
デーラーのオネエサン:「あの〜、この賭け方ですと必ずどちらかが負けますから、絶対に勝ちはない事になりますが、、、
私は笑いをこらえるのに必死でした。
カードルーム

日本船らしく麻雀卓も2つありました。
船の上でのカードゲームと言えばコントラクトブリッジですね。

コントラクトブリッジは私も一応はできますが正式に習った事はなく、ビットのやり方は本などと比較するとどこかのローカル・ルールで覚えてしまっている事がわかります。
この船に乗れば先生はいるのかな〜。
和室

長い航海ではここでいろいろな教室が開かれるのでしょうか。

船の中では航海中はいろいろな催しものがあったり、教室が開かれ、これも船旅の楽しみの一つだとある方がおっしゃっていました。

この部屋でゴロ寝してテレビを見て、座布団枕にうとうとする、そんな使い方はさせてくれそうもありません。
 
入港記念盾

日本各地、世界各国の入港記念盾です。
3分の2くらいが日本の各港、残り3分の1が外国でした。
外国の港はアジア、豪州がほとんどでした。

OGASAWARA/FUTAMIというのもありました。そうです、父島の二見港です。
何十年も前に私はここに行った事があります。今でも記憶に残るほど美しい島と海でした。
Bデッキ(4階)

ここは船室の周りをぐるっとデッキがあるので、ジョギングもできそうです。
航海中はここにデッキチェアーを出して本を読んでうとうと、最高でしょうね。

”ふじ丸”の客室はスイートでもデッキはなく、これは今の客船としてはどうしても1ランク落ちてしまいます。
四角い窓は全部客室の窓ですから、昼間はカーテンを引いておく必要がありそうですね。
客室

”ふじ丸”にはスイートが2室、デラックスが8室、スーペリアが32室、ステートが121室あり、この写真はデラックスルームです。
普通のシティーホテルの広めの部屋と思えばいいと思います。

スーペリアになると東横インクラス、ステートになるとトイレ、シャワー付き簡易宿泊所レベルという感じかな。
Fデッキ(8階)

ここの階の構造物は客室関係はスカイラウンジ以外は船固有のもので、運行関係の部屋とか乗組員の居住区になっています。

プールは大きな風呂というくらいの大きさで、水浴びはできる、という感じです。

プールサイドで昼寝も悪くはありませんね。
スカイラウンジ

飛鳥ではスカイラウンジは船首にありますが”ふじ丸”は船尾に向けてつくられています。
窓をくるっと囲むように椅子とテーブルが置かれ、この右手方向にはカウンターバーがあります。

私達が行った時は誰もいなくてバーテンダーのフィリピン人(多分)もヒマそうにしていました。

プールサイドで甲羅干し、その後このラウンジで冷たいビールをグイグイ、最高でしょうね。
情報交換

この日は見学者にウオークラリーが行われ、船内10カ所にクイズが書かれており、それに答えると商品がもらえるというものでした。

10カ所は全部見つけるのは結構歩き回らなくてはなりません。
でもみんなこうやって情報交換をして、答を見せ合って、解答欄を埋めていくのでみんなが100点になります。

カミさんも商品を2つ(私の分を含む)もらって嬉しそうでした。
フィットネスセンター

乗客が行ける一番下の階(B1階)にあります。
部屋は相当に広く、トレッドミルとかが余裕を持って置かれていました。

卓球台もあったので、カミさんとちょっとだけやって遊んできました。

長期間の船旅では1日4食で液体燃料たっぷりの生活になるので、下船の時はコロコロしたブタになるのは間違いなしです。
この部屋に頻繁に通うのは大変重要な事になります。
食事

今回の見学会も有料で、フルコースの食事がつきました。
味・量とも可もなく不可もなくでもう少し時間をかけてゆっくり食べる事ができればと思いました。

私はグラスワインを2杯飲みましたが、これは別料金。
9人用の大きなテーブルで他の見学者と一緒に食べましたが、男2人で女7人。全体の3分の2以上は友だち同士、母娘の女でした。
金山駅

”ふじ丸”の見学会は10時半から2時ちょっと過ぎで終わりました。
帰ろうと思ったら空が真っ黒になり、どしゃ降りのスコールになってしまい、船から出られません。
仕方がないので船内で傘を買って、船を後にしました。

地下鉄の”名古屋港”から金山でJRに乗り換え名古屋駅まで。金山駅も名古屋駅もナゼか人でごった返しておりました。

そんな訳で”ふじ丸”見学を終えて帰宅したのが5時ちょっと前。
実は”ふじ丸”は自治体・企業・団体のチャーター専用の客船で、ほとんどの航海は日本近海及び西太平洋、南太平洋である事を今回知りました。

従って”飛鳥U”のように個人の富裕層を狙った豪華クルーズ船ではなく、団体さん御用達の客船なので”ふじ丸”と”飛鳥U”を比較をしてはいけないと思いました。

インフォメーション横の航海予定表とチャートを見ると前日は午後に出航して熊野沖に3時間漂泊、つまり熊野の花火を船上から観るという航海を行っていました。

熊野の花火、、、私は中学校1年生と2年生の1学期は父親の転勤で熊野で過ごしました。丁度今と同じ時期、当時も花火大会がありました。
官舎の裏が七里御浜でした。ここは砂浜ではなく、砂利の浜でした。そこに仰向けに寝て真上に上がる巨大な花火を観ました。

数日前に行われた水泳の県体予選で私は2位でしたが(平泳ぎの)泳法違反で失格になって県体出場ならず、悔しい思いがまだ抜けきっておりませんでした。
花火のあった確か3日後に父を単身で残して津に帰りました。

”ふじ丸”の中でしばし48年前の事を思い出しておりました。

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