10−06−10 やっと売れました
日本帰国が決まった時に真っ先に頭に浮かんだのが自宅の売却でした。不動産屋を通じて売りに出したのが4月末、何人もの人が家を見に来ましたが反応はイマイチでした。
そんな中である若い韓国人が興味を示し、交渉を開始したのが5月の中旬でした。

買い手側が先ず出してきたのが15000ドルの値引きでした。
8000ドルくらいの値引きは応じてもいいと思っていたので3000ドルで回答をすると7000ドルならどうだ?という返事がきたので、OKとしました。

値引きの交渉は買い手と売り手である私が直接やるのではなく、全て不動産屋を通じてやります。つまり買い手にも売り手にも不動産屋がついていて、それぞれを通じてやります。

そして値引き額はくドキュメント(文書)に書いてそれぞれの買い手と売り手(私)のサインを入れてやりとりをします。

私側の不動産屋はDという女性の不動産屋です。彼女から会議中にもかかわらず電話が入ってきます。
「今メールで書類を送ったから値引き額を書いてサインを入れてすぐ送り返して欲しい。」

つまりメールを開いてドキュメントを印刷し、これに金額を書いて、サインをしてPDFファイルとして読み込んでメールで送る、この作業を会議中にやらなくてはなりません。

このやりとりのが実はかなり深刻な内容の会議中に発生しました。
私は会議室を抜け出る訳にいきませんので、プリンターに出力したドキュメントのピックアップとサインをしたドキュメントのスキャニング・PDFファイル化は隣に座っていたYさんにお願いをしました。このため会議中に内職が発生してしまいました。お許しをお願い申しあげます、、、。

ちなみに売り手、買い手の不動産屋には売り手がそれぞれ3%ずつ、つまり合計6%の手数料が発生します。家が20万ドルで売れたなら1万2千ドルが不動産屋の手数料で、これは売り手が負担しなくてはなりません。
アメリカで不動産を売却する手順、日本とは相当に違うのでここに簡単にそれを記します。

1.家の修理内容を決めて、その修理を行う:売るために大きな機能不具合の修理、見栄えをよくするためのお化粧の施しです。私の場合3箇所の洗面所のシンクの交換、12枚の窓ガラスの交換、全ての部屋の壁の塗り直し、家の外壁の塗り直し、それに花壇作り直しをしました。

2.いくらで売るか決めて不動産会社のWEB、その他で宣伝をする:その前に家の中の写真撮影を行う。Dさんは最近時に売れた家と、売れなかった家について詳しい分析をして、設定する値段の案を3通り持ってきました。帰国日程の関係から売りに出せる期間が非常に限られているため、安めの設定をせざるを得ませんでした。

3.家を一般公開する:不動産会社から家を見たいという連絡があると、その間は住人は家にいてはいけません。
見たいという当日の午後あたりに連絡があり、家を見に来る時間は大体夕方の5時から9時の間。食事は外食が続きました。これは結構面倒です。

4.買いたいという人が現れたら値段の交渉をする:あれこれケチをつけながら買い手は値切りをします。値段が決まると仮契約を結びます。値段交渉、仮契約はPDF化したドキュメントをメールで送受信しながら行います。もちろん同時に頻繁に電話連絡をします。

5.買い手側は銀行ローンの申し込みをする:給与証明などしっかりしていれば、大体約1週間くらいで銀行から仮の許可が出るようです。サブプライムローンの事件以来銀行の審査はメチャクチャに厳しくなったそうです。

6.買い手側は家の評価の専門家を雇い、買い手の目で家を評価する: 買い手側は更にケチつけて修理代という名目で実質的に値切る材料にします。基本的に家が古くても家としての機能、清潔さ、などは新築と同様の要求をします。ここが日本とはかなり違う点です。
買い手側は家の評価結果に基づき、売り手に要求すべき修理内容と見積額をドキュメントで提示をします。

7.売り手と買い手はどこまで修理をするか交渉をする:私の場合暖炉のチムニーに構造的欠陥がある、というとんでもないケチをつけられました。

8.銀行側は融資するに金額に見合う家なのか、銀行が雇った家の評価の専門家による検査を行う:これもサブプライムローンの事件以来非常に厳しくなった模様。やはりインスペクターが家のあちこちを検査していきます。
銀行は申し込みされているローン金額にふさわしい家であると判断した場合、買い手に正式なローンの許可を通知する。

9.売り手の銀行ローンの残りをどういう形で清算するか、精算方法の手続きを行う:何だか知らないオバサン(多分)から突然電話が掛かってきて面食らいました。最終月のローンの支払い方法など詳しい指示があります。

10.売買契約を結び、家のキーとガレージのオープナーを渡す:売り手と、買い手、それぞれの不動産屋、弁護士が一箇所に集まり、売買契約を結びます。ドキュメントは何十ページもあります。そして最後に売り手に手数料、銀行ローンの残高を差し引いた金額の小切手を渡します。

オシマイ。
一番時間がかかるのが銀行が正式なローンの許可を出すまでで申し込みから正式な許可が出るまでに1ヶ月以上はかかるというのです。
私の場合、値段交渉とか検査でモタモタしていると、帰国日までに売買契約成立がしない可能性があったのです。

ギリギリの日程の中で行われた家の売却。特に印象深かったのは買い手側のインスペクターによる家の検査で、4時間をかけて家の中のあらゆるところを見ていきました。

キッチンの収納庫の扉という扉を全部開け閉めして問題がないかどうかに始まって水回り・水漏れ、屋根裏にまで入って雨漏れの検査、エアコンの性能評価・噴出す冷気の温度測定、とにかく全てを診ていきました。もちろん外壁、フェンスの状態、手入れの状況、芝生の手入れなど外回りも行われました。
不動産会社の事務所
そして結果は19ページのレポートで売り手である私に突き付けられたのでした。その中で買い手は5箇所の修理を要求してきました。
(恐らく数千ドルはかかる。)

私は修理はしない、但し500ドル(!)だけは差し上げるのでお好きなように、という回答をしました。相手は即座に私からの回答を飲みました。つまり最初からダメ元で要求していたのでした。

こうやって何とか10まで漕ぎ着けたのが帰国1週間前の6月10日。関係者が集まっての売買契約締結は不動産会社の立派な会議室で行われました。
現れた弁護士は私側の不動産屋のDさんの実の兄のSさんでした。

いろいろな書類にサインをして全てが終わるまで1時間半、このための弁護士料金3000ドルも売り手の負担、つまり私が支払いました。
売って1年以内に大きな機能問題(水漏れとか、エアコンの故障とか)があった場合、これを保険で修理する保険料も売り手側の負担でした。

家を売るために動き出したのが4月初旬、つまり売るための全ての手続きを終えるまでに2ヶ月少々、いろいろな人に聞くとこれは異常に早いペースだという事でした。

この間に家具の売却処分、家財の荷造り・2回に分けての発送、引越しに伴う様々なやる事がありました。二度とできないアメリカでの不動産売却、オハイオ生活の最後を飾るにふさわしい出来事のひとつでした。
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