08−11−03 一瞬の里帰り
今回の出張は11月4日に日本からLAに行って用件を済ませて、それからオハイオに帰るというスケジュールでしたが、これが変更になり日本からオハイオにダイレクトで帰れる事になりました。
土曜日の朝、ホテルからオハイオの会社に電話を掛けてフライトの変更を頼んだところ月曜日、火曜日はキャンセル待ちになりますとの事。

そこで水曜日のフライトを押さえて火曜日をキャンセル待ちで頼む事にしました。土曜の午後に宇都宮から東京に出て用事を済ませ、夜はMさんと大宮の寿司屋でミーティング。トビウオの刺身を頂きながら近況の情報交換を行いました。
翌日の日曜日は新幹線に乗って三重県まで。この11月は父親が亡くなって丸5年になります。是非墓参りをしたかったのと、母親の顔を見ておきたかったのです。

そしてもし都合がつけば娘2人と名古屋付近で食事でもしようと思っていたのですが、上の娘は勤務日のようで連絡がとれず、下の娘だけ連絡がとれたので夜は一緒に食事をする事にしました。

本当は母親の家に泊まりたいのですが、私が行くと母親は身体を動かすので結果、具合が悪くなってしまうのでここ数年は私一人では母親の家に泊まらないようにしているのです。
娘のアパートは狭いし、余分な布団もないので結局私はホテルに泊まります。

駅前のビジネスホテルにチェックインをして、その後切り花を買って娘の車で母親の家に寄って、そして墓参りを済ませました。
父親が亡くなってからもう5年、早いものです。
来年は満6年で七回忌になるのでこれの予定を組んでおかなくはなりません。

夜は娘のアパートの近くの居酒屋で2人でミーティング。
娘はいろいろとあるようですが頑張っている様子、少し安心しました。

本当は上の娘もいればよかったのですが、私が三重県に来るスケジュールは急に決まった事なので調整ができず残念でした。それにしても下の娘はよく飲むな〜、誰に似たのだろう、カミさんではないし、ひょっとしてオレかな〜、、。
翌日は再度母親の家に行きました。娘は女子卓球部の顧問をやっており、この日は試合の付き添いがあるとの事で来れず、私はタクシーに乗って一人で母親の家に向かいました。
家に着くと介護ヘルパーさんが来ており、買い物を済ませ部屋の掃除をしているところでした。母親は介護サービスを週に3回とホームドクターの往診を週1回受けているようで、ありがたく思いました。

「Nさん、お母様は今日は本当に嬉しそうですよ。いろいろとお話をして下さって、、、。」、とヘルパーさんはおっしゃってみえました。私が家に来る事になっていたので、きっとその話をしていたのでしょう。

私は近所のスーパーでお惣菜を買い込み、食事の準備をして朝食兼昼食を母親と2人で頂きました。80歳をとっくに過ぎた母親は小さくなっていましたが、思いの他よく食べてくれました。
話では入浴も専用の車が来て、部屋の中で湯船を準備して2人がかりで入れてくれるそうで、心配いらないと言ってくれました。

食事の後片付けをして、お茶を飲みながら少し話をして家を出ました。母親は不自由な身体で玄関まで私を見送ってくれました。私はスーツケースを引きずって駅まで歩き、そして電車に乗りました。
少なくとも2日後には日本からオハイオに帰らなくてはなりません。これから先あと何回母親と会えるのだろう、私はそんな事を考えておりました。

今回は仕事のスケジュールが変更になり、短い時間でしたが故郷に帰って母親と下の娘に会う事ができ、そして父と先祖の墓参りもできました。暖かい秋の日でした。、
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