ボストン−2(その2) : アメリカの古都
ボストンは見どころが一杯あります。でも多くは歴史に関係する建物、施設、展示なので我々日本人は一般的にアメリカ史には詳しくないため、表面的な観光に終わってしまう事があるので、できるだけ事前にいろいろと調べておくといいかも知れません。
市内を走っている観光バス

窓がオープンなバスですから季節限定だと思いますが、1日10ドルくらいで乗り放題です。

地下鉄もいいのですが、このバスだと外が見えるので、降りたい場所を目で確かめる事ができます。

今度もしボストンに来ることがあったら是非これの切符を買おうと思います。
(もう一度来ることあるかナー、、、、)
ハーバード大学(1)

ハーバード大学はチャールズ川を渡ったケンブリッジにあります。
創立は1636年(アメリカ独立の140年前)にピューリタンの牧師を養成する目的でできた学校です。
アメリカへの移民はピューリタンであった訳で、ピューリタンの牧師は指導者でもあった。

つまり指導的立場の人間は物知りであると同時に神の事にも通じていなくてはならなかったとされています。そこで知識人は神学者であり政治家であるとする伝統になったようです。
ハーバード大学(2)

アメリカの民主主義はタウンミーティングという形で始められ、それはいわゆる神様へのお祈りと雑事を話し合う場であったそうです。
ですから「教会=タウンミーティングの場」、という形は納得です。

私の会社でも何かを大勢で話し合ったりする事を、「タウンミーティングを開く」、とオハイオ人は言いますので、これの伝統であると言えます。
タウンミーティングこそアメリカ民主主義のルーツだそうです。

牧師=指導者のような伝統から生まれたハーバード大学、今のブッシュ大統領もここのMBAを取っているし、あの有名なJFKもここの卒業生だし、その他エリート製造学校であるのは知ってのとおりです。

左の写真はハーバードの創立者とされていた人の銅像(実は全くの間違い)ですが、ご覧のように観光客で写真を撮る人が後を絶ちません。
この子も将来はアメリカを担うエリートになるかも。
ハーバード大学(3)

大学内の施設は基本的に観光客は入れませんが、この教会だけは入ることができます。

この教会にはハーバード卒業生の戦死者(第1次大戦から現在まで)を追悼するために構内の一番目立つところに建てられています。

やはり第2次大戦での戦死者が最も多く、その次が何とベトナム戦争だそうです。
(ハーバードにもROTCはあったと記憶しています)
ハーバード大学(4)

正門からちょっと歩いたところに大学の生協がありましたので入ってみました。
3階建てで教科書を始め学生が必要なものは何でも売っている感じでした。

同時にハーバードグッズもたくさん置いてあり、観光客も商売の相手にしているのがわかりました。
私達も数点、お土産を買いました。
ビーコン・ヒル(1)

ここは19世紀のお金持ちの住宅地だそうで、赤いレンガの美しい建物が並びます。
この坂通りはボストンの紹介パンフレットなどによく使われる所だそうです。

ビーコンヒルとは「のろし台の丘」、という意味で17世紀の初めにやってきた移民達が先住民族のインディアンとか狼とかの攻撃を知らせるために丘にのろし台を作ったのが始まりだそうです。

時々住民とおぼしき人が歩いている以外、静かな場所です。
ビーコン・ヒル(2)

赤いレンガの建物の通りには、ガス灯が立っています。電気とかではなく、本物のガス灯です。

このガス灯は日中でもボーっと点いています。
昼間は消すべきなのでしょうが、人件費の高いアメリカ、点けっぱなしにしておいた方が安いので、こうしているとの事でした。

しかし、このガス灯、町並みに本当によくマッチしています。
ビーコン・ヒル(3)

確かチャールズ通りだったと思います。ずっとお店が並んでいます。
この通りは外観の規制がうんと厳しく、ネオンサインとかも一切禁止だそうです。
ですからセブンイレブンもご覧のように、極めて地味な配色になっており、言われないと確実に見落としてしまいそうです。

看板も19世紀当時のデザインで、何が売っているのか一目瞭然になっています。それは当時の使用人は文盲だったのでそうした、という事です。
クインシー・マーケット(1)

市内のビル街のど真ん中にあるマーケットで、大きなフードコートがあり、ここで昼食を食べました。

フードコート以外にもいろいろな店屋があり、ブランドショップもいくつもありました。

廻りのビル街からの人、私達のような観光客、昼食時間は人でごった返していました。
クインシー・マーケット(2)

昼食はフードコートでこれまたロブスター・サンドイッチを注文。
特大のサイズで、これにクラムチャウダーをカップに一杯食べたものですから、お腹一杯になりました。

フードコートの2階にはこのようなテーブルと椅子を並べた大きな部屋があり、のんびりと昼食を摂る事ができました。
クインシー・マーケット(3)

フードコートの中はこんな感じで、両側でいろいろな食べ物を売っています。
肉の串焼き、ピザ、各種サンドイッチ、中華もここにはあります。
飲み物にビールはあるか、探してみましたがありませんでした。あるのはルートビアだけでした。

もちろんお好み焼き、焼きそばはありません。念のため。
ボストン美術館(1)

ウエストウイングの入り口です。8年前に来たときもここから入ったような記憶があります。
NYのメトロポリタン美術館と並ぶアメリカ有数の美術館ではありますが、規模はかなり小さいと言えます。

案内には、フランス印象派のコレクションと日本の浮世絵のコレクションは世界一とあります。(日本は浮世絵のコレクションに含まれていない?)

ナゼか館内の見学者は非常に少なめでした。
ボストン美術館(2)

館内はNYとかシカゴ、ワシントンに比べて明る目でモダンな雰囲気です。
別に人がいないところを狙って写真を撮った訳ではありませんが、館内に人の姿は非常に少なく、見学には絶好の日だったのですが、、、、。

カミさんと娘はさっさと先に行ってしまうので、じっくりと見ていると、置いてきぼりにされそうで落ち着いて見れませんでした。
ボストン美術館(3)

等身大のファラオ像です。残念ながら、どういう像なのか解説の写真を撮影してくるのを忘れてしまい、説明ができません。

像は見事で、ぐるっと回って細かく見ても、痛みは殆どなく、完璧に近い感じです。
これ以外に古代エジプトの石棺、その他装飾品、食器など数え切れない程の豊富な展示がありました。

ボストン美術館も古代エジプトから現在美術、ヨーロッパ、アフリカ、中国、日本、南北アメリカとコレクションの範囲は非常に広いようです。

ところで話は全然変わりますが、NYの美術館巡りに一人で行くことをカミさんと娘の前で宣言をしました。
4泊5日、又は5泊6日くらいの予定で徹底的に美術館、博物館を巡るのです。
そして夜はどこかのバーの片隅でチビリ、チビリとやるのです。
ボストン美術館(4)

中国の唐時代の美術品。中国の美術品のスペースはあまり大きくはありませんでしたが、他の美術館にはあまりない、家具の展示もありました。

日本の飛鳥時代・平安時代の仏像は中国の影響をモロに受けているのが、この後の日本の展示コーナーにいくとよくわかります。

でも鎌倉時代以降の仏像、その他絵画は中国のものとは段々離れて変化していきます。やはり300年掛かったのですね、日本独自のものを形成するまでには。
ボストン美術館(5)

これはカフェテリア、この右奥にお土産屋さんがあります。カミさんとはどうしても8年前の話題になってしまいます。

「前来たときは、あの辺に座って昼食を食べたのね。覚えてる?」
と言われても、覚えているような、覚えていないような、よくわかりません。
但し、土産物屋は私もはっきりと記憶にありました。
ボストンのザリガニ

今回の旅行で3回の夕食のうち2回を同じレストランで食べました。こんなのは異例の事です。

2日目、私はこのザリガニを3匹食べました。娘は2匹を食べました。カミさんは1匹+牛のヒレ肉+小エビのフライを4匹+イモ、を食べました。

これ以外に山盛りのフライドポテト、アペタイザーに小エビのフライ(1人10匹くらい)、私は更にワインをボトル丸ごと1本飲みました。
食事が終わったら、動けませんでした。
スカイウオーク(1)

ボストンを高層ビルの最上階から眺める事ができるのは現在はプルデンシャルタワーだけです。
911の前はこれよりほんの少し高いジョンハンコック・タワーも一般公開されていました。

ボストンコモンもパブリックガーデンもほんの傍に見えます。ニューバリーストリートもよく見えます。
持参の双眼鏡で覗くとボストンマラソンのゴールの黄色い線もよく見えました。

本当にキレイな眺めでした。
スカイウオーク(2)

北側の足元を見ると、見える、見える、2日間お世話になったロブスターレストランの「ウイスキー」がよく見えます。

この日は午前中に少し雨が降りましたが、午後から見事に晴れ、最高の展望を楽しむことができました。

このビルの展望台は人気がありますが、NYのエンパイアーステートビルのように1時間も並ばされるという事はないようです。(真夏の観光シーズンはわかりませんが。)
スカイウオーク(3)

遠くの平地はボストン。ローガン空港です。離陸の体制に入っている飛行機が2機も3機も数珠繋ぎになっているのが双眼鏡でよく見えました。

左の黒いビルがジョンハンコックタワーでその少し右の向こうがチャイナタウン。

明日は早朝のフライトでボストンからオハイオ・コロンバスに帰る日、つまりボストン最後の日、名残惜しく1時間以上もここにいて、市街を眺めておりました。
Christian Science Plaza

ホテルの近くにあった不思議な建物で、ホテルでもらったパンフレットにはこのように書いてありました。
私のあやふやな記憶では、キリスト教の何かの宗派の本山だったと思います。

この横にはコンクリートの大きな人工の池があり、水が静かに外側に流れていました。
このテの所は私の不得意科目です。どなたか教えて下さい。
チョコレートのお土産屋さん

ニューバリー通りをかなり西に行った所にあったチョコレート屋さんです。ハロウイーンのカボチャをデザインしたチョコレートが一杯売っていました。

店に入ると何と日本人のお嬢さんの店員がいるではありませんか。話を聞くとボストンに来て1年と言ってみえました。

娘とカミさん、日本人の店員でもあるし、という事でいろいろと買っておりました。
さあ、帰りのフライトです

帰りも朝8時20分出発の早朝フライトです。
空港の検査もそれ程厳しくはなく、簡単にゲートに入れました。

今回はかなり直前にフライトを申し込んだにもかかわらず、結構お値打ちな値段でチケットを手に入れる事ができました。
最初申し込んだときは一人400ドルとか言われて、エーッという感じでした。
ボストンよ、さようなら

3泊4日のボストン旅行、あっという間に終わってしまいました。
よく考えて見れば、ボストンまではダイレクトフライトで1時間ちょっとで行けるのです。つまりぶらっと行けるところにあるのです。ボストンは。

飛行機から見えるボストンは快晴の下、土曜日でもあるせいか、海には無数のヨットが浮かんでいました。
ボストンは多くのアメリカの原点を存在する所のようです。ようですというのは、私にはアメリカの原点が何であるかまだ語る程の知識がないからです。
ボストンに行ってもう少しアメリカについて系統的に知識を整理してみよう、という気になりました。ボストンはやはり物見遊山で行くにはちょっともったいない街で、少し予備知識を詰め込んで行くと大いに楽しめる街だなー、と思いました。
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